fujisanten.com - 富士山展3.0 - 冨嶽二〇二〇景 - ブロックチェーン×アートの初売り。startbahnを使った新春恒例のアートイベント

Description: ブロックチェーン×アートの初売り。startbahnを使った新春恒例のアートイベント

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アート界の各方面で活躍する公式ピッカー選出作品、デジタルアートプラットフォーム「NEORT」との共同企画によるデジタル作品、玉山拓郎ら新鋭の若手作家、過去の出展作品など多様な視点でセレクトされた「富士山」を一同に展示。増田セバスチャン、田村正資によるトークイベントも開催。

 富士山の火山活動が活発であった9世紀〜11世紀、富士山は実物を見ることすら難しい崇高な霊山でした。交通網の発達により多くの人が実物を見ることができるようになると、富士登山や富士信仰が大衆化し、畏れ多いものからランドマーク的な象徴へと変容しました。その後、国家主義の時代にはプロパガンダのため大日本帝国の象徴として用いられましたが、現在の富士山はオリエンタリズムのシンボル、つまり外から見た際に日本とイコールの意味を持つ記号となり、古くから受け継がれてきた象徴的意義を喪失し、デフォルメされた絵文字的記号となっています。

これは、日本の美術史における富士をめぐる表象とも連動しています。現存する最古の富士をモチーフとした作品、「聖徳太子絵伝(しょうとくたいしえでん) 第三面」(1069年)では、神格的な存在(聖徳太子)が成し遂げたとされる偉業、富士登頂を世に伝える役割を果たしていたと考えられており、当時の人々にとって富士登山は選ばれし者のみ成し遂げられる、特別なものだったことがうかがい知れます。その後、富士が大衆化していくとともに、領域や時代にかかわらず、水墨画の雪舟、狩野派、南画の与謝蕪村など多くの巨匠たちが富士をモチーフとして選んだことや、富士信仰の普及に伴い宗教画としても多く描かれたことにより、そのイメージが伝播されていきました。 浮世絵が流行すると、名所画として非常に需要が高かった富士山はより頻繁に描かれたことからも、富士山が当時の人々には景勝の地として親しまれていたことが読み取れます。なかでも葛飾北斎の「富嶽三十六景」は海外へも波及し、ジャポニスムとして西洋の美術動向にも多大な影響を与え、富士山を日本のシンボルとして西洋の人々に印象づけました。 現代においても、「文展」にルーツを持つ日本の作家がその伝統を踏襲しながら富