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現在、日本での結婚式は大きく分けて神社で行われる神前式、寺院で行われる仏前式、チャペルで行われる教会式、オリジナルのスタイルで人前式の4つに分かれる。 日本の結婚式の起源は古事記や日本書紀などに書かれているが、イザナギノミコトとイザナミノミコトであると伝えられている。 飛鳥時代、奈良時代、唐の習慣が取り入られ、男は15歳、女は13歳で結婚が許された。はじめて媒酌人が定められたのがこの時代の結婚式。男の家から女の家に進物を贈る、今でいう結納がはじまったのもこの時代。 貴族は一夫多妻が許され、一番初めの妻が正妻「こなみ」と呼び、それ以外は後妻「うわなり」と呼んでいた。律令の参考にした唐では重婚が禁止されていたのに対し、日本ではこの点は参考にしなかった。平安時代は公家式の結婚式が主流。男が女の家に通うのがごく一般的で、もし結婚したいのなら女の家に三日間、三夜連続で通い続けないといけなかった。三日間、女の家では男をもてなし、最後の三日目にはところあらわしという宴を設ける。これが現在、結婚式の後に行う披露宴の起源で、新しく夫婦になる2人のお披露目の場であった。

江戸時代は平安時代と異なり、家で行う結婚式が流行していた。仲人を立て、親族だけを招き、簡素な宴席を設けて祝うのが祝言である。江戸時代の結婚式で特に特徴的なのが、武家と一般庶民の違いであった。武家は嫁入り、一般庶民は結婚後、しばらく嫁の実家で暮らす婿入りが一般的であった。日本において正式に結婚式として規定されたのは意外にも仏前式で1885年のことだった。

仏前式ではなく神前式が普及した理由は皇室の影響が大きい。大正天皇と貞明皇后が皇族の慣例に従って、神前で誓う結婚の儀をとり行ったのがきっかけで、国民から神前式の要望が高まり、神宮奉賛会がそれに応える形で一般国民向けに簡略化した神前式を作った。この様式が日本国中に広まり、現在まで続く神前結婚式として定着するようになった。