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 労働争議というがごとき、生々しい事実を取上げて、東宝を訓戒せんとするがごときは、私の目的ではない。 聞くところによれば、この「アーニイ・パイル」なる名称は、労力に酬ゆる正当なる報酬であり、勲功に対する名誉の表彰であり、 大衆の支持を象徴する公平なる結論であるという話である。 果して然らば、我等の東宝において、アーニイ・パイルの記念すべき名称を、東宝劇場の軒頭に掲げるに至ったことは、偶然の教訓的指示であるかもしれない。 私はここにおいてアーニイ・パイルについて語るであろう。 「アーニイ・パイル」は太平洋戦争に参加したる米国一新聞の青年記者の姓名である。 彼は不幸にして海戦のさ中に戦死した。然し、彼の綴れる通信記事は、全米を風靡して好評を博したのである。 米国各新聞社から派遣せられた数百名の記者によって、送られたる通信記事の内容は、その冒険を競い、その敏捷を争い、その独自性をほこり、或は又美辞麗句、奇抜であり、意表に出ずる等々千差万別の裡にあって、彼は終始一貫、兵士と苦楽を共にしつつその兵士の行動、その生活、その信念、あるがままの本質と、真の姿をあらゆる角度から書いて、故国の同胞父兄に報告したのである。  その

米は仰向(あおむ)きになった叔父の膝の上へ寝そべってそういった、そして叔父の鼻の孔(あな)は何(な)ぜ黒いのだろうと考えた。 「知らん、阿呆なこといえ、お父つァんはもう嫁さん貰(もろ)うてござるぞ、どうする、ん?」と叔父は覗き込んだ。 米は腹を波形に動かして「ちがうわい、ちがうわい。」といった。しかし叔父のいう事は真実のように思われて、もう父は帰って来ないような気がして来た。 母とさえ一緒にいる事が出来れば父の帰って来る来ないはそう心にかからなかった。 すると、黙って叔父の手の皮膚を摘(つ)まみ上(あ)げていた彼は急に母が昨夜男と寝た事を自分が知っているのを気使って自分の留守に死んでいはすまいかと思われた。 その中(うち)に涙が出て来た。で、草履を周章(あわ)ててはいて黙って帰ろうとすると、叔父は「何んじゃ米。」といった。けれど彼はやはり黙って表へ出ると馳け出した。 家へ帰った時母は鑵詰を米から受け取って「お前まアこの間着返(きが)えた着物やないか。」と睥(にら)んだ。彼の着物の胸から腹へかけて鑵詰の汁が飛白(かすり)の白い部分を汚していた。 母が自分を見たなら抱いてくれるとばかり思っていた米は何(な)ぜだ

予がここに東山時代における一縉紳(しんしん)の生活を叙せんとするのは、その縉紳の生涯を伝えることを、主なる目的としてのことではない。 また代表的な縉紳を見出すことが至って困難であって見れば、一人の生活を叙して、それでもって縉紳階級の全部を被(おお)わんとするの無理なることは明白だ。 しかしながら予の庶幾(しょき)するところは、その階級に属する一員の生活の叙述によりて、三隅ともに挙げ得るまでには行かないでも、せめてこれによって縉紳界の一半位をば想知することを得せしめ、もしなおその上にでき得べくんば、当時の文明の源泉なる京都における社会生活の一面を、これをして語らしめようというにある。 しかしながら叙述の出発点を個人にのみとり、それから拡充して社会を説明しようとするのは、企てとしてはなはだ困難である。 ここにおいて予は便宜上この論文を二段に分ち、その第一段には、性質上結論であるべきはずの東山時代に関する予の意見を、先ず一通り縷述(るじゅつ)しよう。 しかして第二段に至って或る一縉紳の生活を叙してみたい。 結論の性質のものを前にするのは、冠履顛倒のやり方で事実を基礎として立つべき歴史家の任務を忘却したわけになるよう

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